投稿者: 沼田 勇作

  • (8月17日通信)協力会社が次に何をすべきか分からない理由

    特集【会社の見える化】— 社外関係者視点

    協力会社に進捗を共有したのに、作業が始まらない。「現在は確認済みです」と知らせたのに、次の連絡を待たれていた。このような行き違いは、相手が不注意だから起きるとは限りません。

    現在の状態だけを伝えても、その状態を受けて誰が何をするのかが分からなければ、仕事は進まないからです。

    「確認済み」は、誰の行動を意味するのか

    自社では「確認済み」を、協力会社が作業を開始してよい合図として使っているとします。しかし相手は、自社から正式な着手依頼が別に届くと考えているかもしれません。同じ言葉を見ても、次の行動の解釈が違います。

    「手配中」「準備完了」「納品待ち」といった状態も、主語がなければ曖昧です。自社が準備しているのか、相手の準備を待っているのか。何が終われば次へ進むのか。期限はいつか。担当者同士の経験で補っている間は動きますが、担当者が替わると止まります。

    社外連携で必要なのは、状態の共有だけでなく、仕事の受け渡しを明確にすることです。

    次の行動には、四つの情報が必要である

    相手が迷わず動くために、少なくとも次の行動、実行する役割、期限、開始条件を一体で伝えます。

    • 次の行動:指定様式の見積書を提出する
    • 実行する役割:協力会社の案件担当者
    • 期限:8月20日17時
    • 開始条件:仕様書の第3版を確認済みであること

    完了したと判断する証拠も決めておくと、さらに明確になります。ファイルがアップロードされた、受領番号が発行された、担当者が検収を記録した、といった事実です。

    文章で毎回説明するのではなく、案件の状態が変わったときに、該当する次の行動を仕組みから表示します。条件が変われば、案内も同じ原本から変わるようにします。

    通知は、仕事そのものではない

    メールで「更新がありました」と通知しても、本文やリンク先で次の行動が分からなければ、相手は問い合わせます。反対に通知が多すぎると、重要な依頼が埋もれます。

    通知は、相手に新しい仕事が発生した、期限が近づいた、条件が変わったなど、行動に影響する出来事に絞ります。通知を開くと、自分が担当する未完了の行動と期限を確認でき、完了を記録できるようにします。

    担当者個人のメールアドレスだけに依存せず、相手企業の役割に仕事を割り当てる考え方も重要です。担当変更があっても、権限を引き継げば未完了の仕事が新しい担当者に見えます。

    双方が同じ仕事の流れを見る

    自社と協力会社が別々の進捗表を持つと、どちらかが転記しなければ一致しません。自社が依頼を登録すると相手の作業一覧に現れ、相手が完了を記録すると自社の確認作業が始まる。双方の行動を一つの流れとしてつなぎます。

    もちろん、内部の原価や評価、他社の情報まで見せる必要はありません。自社には内部状態を、協力会社には共有状態と自分の行動だけを表示します。「事実の原本は一つ、見える範囲は役割ごと」が安全な連携の基本です。

    この仕組みがあれば、担当者は通常案件の受け渡しをメールで追いかけず、納期変更や品質上の懸念など、相談が必要な例外へ時間を使えます。

    繰り返し止まる受け渡しを一つ選ぶ

    まず、協力会社との間で「言ったつもり」「待っていた」が起きやすい場面を一つ選びます。見積依頼、発注、資料提出、作業開始、検収など、繰り返し発生するものが向いています。

    その受け渡しについて、開始させる出来事、次に動く役割、必要な情報、期限、完了条件、例外時の連絡先を一枚にします。実際の数案件で試し、確認の電話、期限超過、差し戻しがどう変わるかを見ます。

    協力会社が次に何をすべきか分かることは、相手のためだけではありません。自社も、誰の行動をいつまで待つのか、止まったときにどこへ働きかけるのかが分かります。状態を知らせるだけでなく、次の行動まで渡す。そこまで設計して初めて、社外との仕事は人の記憶から仕組みへ移ります。

  • (8月16日通信)文字を読めない王はいた。しかし「システムを読めない経営」は許されるのか

    歴史上、文字を読めなかった、あるいは書くことを十分に習得していなかった統治者は存在します。

    それでも国家を治めることはできました。

    なぜなら、王自身が読み書きをできなくても、

    • 書記官
    • 官僚
    • 会計担当
    • 法務を担う者
    • 命令文書を作る者

    が国家の内部に存在したからです。

    つまり重要だったのは、

    「王自身が文字を書けること」ではなく、「国家として文字を扱えること」

    でした。

    これは、現在の企業経営を考えるうえで、とても重要な示唆を与えてくれます。

    文字の発明によって、統治は変わった

    文字が使われる以前、命令や慣習の多くは人から人へ伝えられていました。

    しかし社会が大きくなるにつれて、それだけでは統治できなくなります。

    税を記録する。

    土地の所有を記録する。

    契約を記録する。

    法律を記録する。

    命令を遠隔地へ伝える。

    過去の判断を後世へ残す。

    社会が複雑になるほど、文字は単なるコミュニケーション手段ではなく、統治そのものの基盤になっていきました。

    つまり、

    権力
    ↓
    命令
    ↓
    文書
    ↓
    行政
    

    という構造が生まれたわけです。

    王は書記官である必要はなかった

    ここで大切なのは、王自身がすべての文書を書く必要はなかったことです。

    王が決める。

    書記官が文書にする。

    官僚が配布する。

    現場が実行する。

    この分業は極めて合理的です。

    現代企業でも同じです。

    経営者自身が、

    • Pythonを書く
    • SQLを書く
    • サーバーを構築する
    • データベースを設計する

    必要はありません。

    それは専門家に任せればよい。

    しかし、ここで一つ問題があります。

    現代では、会社の規則そのものが「文書」だけに書かれているわけではなくなっているからです。

    現在の会社では、ルールがシステムに埋め込まれている

    例えば会社の規程に、

    「営業部長は一定金額まで値引きを承認できる」

    と書いてあるとします。

    文書だけで運用するなら、人間がその意味を理解して判断できます。

    ところがシステムでは、もっと具体的に決めなければなりません。

    • 営業部長とは誰なのか
    • どの営業所まで対象なのか
    • いくらまで承認できるのか
    • 自分の担当案件だけなのか
    • 他部署の案件はどうするのか
    • 代理承認は認めるのか
    • 承認後に変更できるのか
    • 誰が変更履歴を見られるのか

    つまり、文章で一行の規則が、システム上では大量の条件へ変換されます。

    ここで経営者がシステム構造を理解していなければ、その具体化をシステムを作る人間へ任せることになります。

    経営者が決めた規則と、実際に動く規則は同じとは限らない

    経営者が、

    「必要な人には必要な情報を見せる」

    と考えていたとしても、それだけではシステムは作れません。

    誰が。

    どのデータを。

    どの条件なら。

    どの期間まで。

    どの操作まで。

    許可されるのか。

    最終的には、誰かが決める必要があります。

    もし経営側で決められなければ、SEやSIerが設計します。

    すると、

    経営者の考える規則
    ↓
    SIerによる解釈
    ↓
    データモデル
    ↓
    権限設計
    ↓
    プログラム
    ↓
    実際の会社の行動
    

    という構造になります。

    つまり、会社のルールを作ったつもりでも、そのルールを実際に実行可能な形へ変換したのは外部の人間、ということが起こります。

    システムを変更できない会社は、規則を変更できない会社になる

    さらに問題なのは、そのシステムが巨大化した後です。

    経営環境が変わり、

    「来月から組織を変えよう」

    「承認制度を変えよう」

    「営業所長へもっと権限を与えよう」

    と考えたとします。

    しかし、

    「現在のシステムでは対応できません」

    「改修すると別機能へ影響します」

    「次回の更改まで待ってください」

    と言われたらどうでしょうか。

    本来、

    経営判断
    ↓
    業務変更
    ↓
    システム変更
    

    であるべきものが、

    既存システム
    ↓
    変更可能な業務
    ↓
    その範囲で経営判断
    

    へ逆転します。

    これは、システムの問題ではありません。

    経営権の問題です。

    「システムを読める」とは、コードを読めることではない

    ここで誤解してはいけないのは、

    「経営者はプログラミングを学ばなければならない」

    という話ではありません。

    昔の王が、書記官と同じ速さで筆を使える必要がなかったのと同じです。

    経営者に必要なのは、

    • どんなデータが存在しているか
    • データ同士はどう関係しているか
    • 誰がどの情報を見られるか
    • 誰がどの情報を変更できるか
    • 誰が承認するか
    • どの業務からどの業務へ情報が流れるか
    • システムを変更すると何に影響するか

    という、会社の情報構造を理解する力です。

    言い換えるなら、

    「コードを読む力」ではなく、「会社がコードによってどう表現されているかを読む力」

    です。

    文字を読めない王はいた

    歴史を見れば、本人が読み書きを得意としなかった統治者はいました。

    しかし、国家そのものが文字を扱えなくてよかったわけではありません。

    むしろ大きな国家ほど、

    • 記録
    • 帳簿
    • 命令
    • 契約

    を扱う仕組みが必要になりました。

    ここに現代企業との共通点があります。

    経営者自身がコードを書けなくてもよい。

    しかし、

    経営中枢の誰もシステム構造を理解していない

    状態は話が別です。

    もし国家の書記官が全員外国人だったら

    少し極端な例を考えてみましょう。

    王は命令を出す。

    しかし、その命令を文書にする人間は全員外国から来た専門家。

    過去の法律を読めるのも彼らだけ。

    税の帳簿を理解できるのも彼らだけ。

    どの文書がどの行政機関へ影響するかを理解しているのも彼らだけ。

    そして王が、

    「この制度を変えたい」

    と言うと、

    「それは現在の文書体系では難しいです」

    と言われる。

    これでは、誰が国家を統治しているのでしょうか。

    現代企業で、

    • データモデル
    • 権限構造
    • 業務フロー
    • 会計連携
    • システム間依存

    をすべて外部のSIerしか理解していない状態は、これにかなり近いものがあります。

    生成AI時代には、この問題がさらに重要になる

    生成AIによって、コードを書くこと自体はどんどん簡単になっています。

    しかし、コードが簡単に作れるほど、

    「何を作るべきか」

    を決める力が重要になります。

    AIへ、

    「この機能を追加して」

    「この人だけ例外にして」

    「この処理も自動化して」

    と依頼すれば、機能は増やせます。

    しかし設計思想がなければ、数年後、

    「なぜこの人にこの権限があるのか」

    「なぜこの数字が会計へ入るのか」

    を説明できなくなるかもしれません。

    それでは、AIへ経営判断を委ねているのではありません。

    AIが生成した、誰も理解できない構造へ経営を従属させている

    だけです。

    現代の経営者に必要なのは「システム識字力」

    かつて、文字を扱えることが統治に不可欠になりました。

    その後、ワープロを使えることが経営者にとって重要なコンピュータスキルになりました。

    そして今、会社の規則や権限がシステムによって実行されるようになっています。

    そう考えると、次に経営者へ求められる能力は、

    システム識字力

    なのではないでしょうか。

    プログラマになる必要はありません。

    しかし、

    「自分の会社がコンピュータ上でどのような会社として定義されているのか」

    を読める必要はあります。

    文字を読めない王はいました。

    しかし、文字を扱えない国家は大きく発展できませんでした。

    同じように、

    コードを書けない経営者はいてもよい。
    しかし、システムを理解できない経営中枢でよいのか。

    これは、DXや生成AIが普及するほど重くなる問いだと思います。