投稿者: 沼田 勇作

  • (8月4日通信)IT化の先にDXが見えたとき、生成AIが「元の構造」へ引き戻す

    「IT化とDXは別物だ」とよく言われます。

    確かに、紙をデータに置き換えたり、手作業を自動化したりするだけでは、DXとは呼べません。

    しかし、だからといってIT化に意味がないわけではありません。

    むしろ、IT化を進めていった結果として、初めてDXの可能性が見えてくることがあります。

    IT化すると、会社の構造が見える

    紙や口頭で処理していた業務をシステムに置き換えようとすると、これまで見えなかった問題が表面に出てきます。

    • なぜ同じ情報を何度も入力しているのか
    • なぜこの承認が必要なのか
    • なぜ部署ごとに同じような台帳を持っているのか
    • なぜ売上と請求と入金が別々に管理されているのか
    • なぜ特定の人しか業務の流れを理解していないのか

    紙の上では「昔からそうしている」で済んでいたことも、システムにしようとすると、処理の目的や情報の流れを説明しなければなりません。

    このときに現れる違和感こそが、DXの入口です。

    IT化は、既存業務をそのままデジタルに置き換えるだけの作業ではありません。

    会社の構造を可視化し、「そもそも、この構造は必要なのか」と考える機会でもあるのです。

    DXの入口が見えた瞬間に、問題が起きる

    大切なのは、DXの可能性が見えた瞬間に、適切な情報へアクセスできることです。

    ところが現在、その情報へ向かう道の途中に、生成AIが置かれるようになりました。

    何か疑問が生まれたら、まず生成AIに質問する。

    これは便利ですが、同時に危険でもあります。

    生成AIは、質問に対して既存の事例、一般的な業務フロー、普及しているシステム、過去の成功パターンなどをもとに回答します。

    その結果、会社の中で見つかった固有の違和感が、次のような既存の言葉へ置き換えられてしまいます。

    「それはERPを導入すれば解決できます」

    「RPAで自動化できます」

    「一般的なワークフローシステムを使いましょう」

    「他社ではこのSaaSが使われています」

    もちろん、これらが正しい場合もあります。

    しかし、それは多くの場合、現在の構造を前提とした改善策です。

    本来は構造そのものを見直す機会だったのに、生成AIの回答によって、既存構造の中へ問題が戻されてしまうのです。

    生成AIが大量に学んでいるのは「既存の構造」である

    DXの「X」は、トランスフォーメーションです。

    つまり、既存業務を少し便利にすることではなく、事業や組織、業務、意思決定の構造そのものを変化させることです。

    一方、生成AIが大量に学習しているのは、人間がこれまでに作ってきた文章、コード、業務手順、組織論、システム、成功事例です。

    その多くは、既存の構造を説明したものです。

    生成AIは、既存構造の再現、整理、組み合わせ、効率化を得意とします。

    しかしDXで問うべきなのは、

    「既存の構造を、どう効率化するか」

    ではなく、

    「そもそも、この構造を残す必要があるのか」

    という問題です。

    ここには、明確な方向の違いがあります。

    生成AIは、過去から蓄積された構造の中に答えを探します。

    DXは、その構造の外側に新しい答えを作ろうとします。

    「情報を早く移す」前に、「なぜ分かれているのか」を考える

    例えば、受注情報を販売管理システムへ入力し、その内容を在庫管理へ転記し、さらに請求書を作成している会社があったとします。

    生成AIに改善方法を尋ねれば、システム同士をAPIで連携する方法や、転記を自動化する方法を提案するでしょう。

    これは有効なIT化です。

    しかしDXの視点では、もう一段深く考える必要があります。

    受注が確定した時点で、

    • 在庫の状態を変更する
    • 売上予定を記録する
    • 請求業務を発生させる
    • 入金予定を作る
    • 担当者へ次の業務を割り当てる

    という処理を、ひとつの出来事から同時に発生させられないでしょうか。

    そう考えると、販売管理、在庫管理、請求管理という区切り自体が、本当に必要なのかという疑問が生まれます。

    「情報をどうやって早く移すか」ではなく、「なぜ情報が分断されているのか」を考える。

    ここから構造の変化が始まります。

    生成AIを「答えの入口」に置かない

    生成AIそのものがDXを妨げるわけではありません。

    問題は、生成AIをどの位置で使うかです。

    最初から、

    「どのシステムを導入すればよいですか」

    「この業務を自動化する方法を教えてください」

    と質問すると、現在の業務や組織の構造を前提とした回答が返ってきます。

    先に考えるべきなのは、次のような問いです。

    • この業務によって、何の状態が変化しているのか
    • 誰が、何を判断するために情報を必要としているのか
    • 同じ情報が複数の場所に存在するのはなぜか
    • 法律や契約上必要な処理と、単なる社内慣行を分けられないか
    • 現在の部署やシステムが存在しないとしたら、どのように設計するか

    この問いに対して、経営者、現場担当者、顧客、取引記録などの一次情報へ直接アクセスします。

    そのうえで生成AIを使い、反対意見を出させたり、類似事例を探させたり、リスクを洗い出したり、プロトタイプを作らせたりするのです。

    生成AIに構造を決めてもらうのではありません。

    人間が構造変革の仮説を持ち、その仮説を検証するために生成AIを使います。

    DX戦略とは、AIを導入することではない

    生成AI時代のDX戦略は、最新のAIサービスを導入することではありません。

    IT化によって見えてきた違和感を、既存の製品名や一般論へ急いで置き換えないことです。

    進め方を整理すると、次のようになります。

    1. IT化によって、業務と情報の流れを可視化する
    2. 現場で見つかった重複、分断、例外、違和感を残す
    3. 既存構造を前提とせず、構造変革の仮説を作る
    4. 生成AIを使って、仮説、反証、リスク、実現方法を検証する
    5. 会計、請求、在庫、権限など、会社の資産を変化させる処理は本番用に設計する

    この順番が重要です。

    生成AIを答えの入口に置くと、未来の可能性が「過去の平均」によって濾過されます。

    一方、人間が構造変革の仮説を持った後で生成AIを使えば、AIは強力な加速装置になります。

    IT化で見つかった「なぜ」を消してはいけない

    IT化を進めると、会社の中にある不合理や分断が見えてきます。

    その瞬間に現れる、

    「なぜ、この業務は必要なのか」

    「なぜ、この情報は分かれているのか」

    「なぜ、この人しか判断できないのか」

    という疑問を、安易な自動化で消してはいけません。

    その「なぜ」の中に、DXの可能性があります。

    生成AIは、既存の構造を理解し、再現し、改善することには非常に優れています。

    だからこそ、生成AIに任せる領域と、人間が決める領域を分けなければなりません。

    会社の構造をどう変えるのか。

    その判断まで生成AIへ渡してしまえば、会社は過去の延長線上から抜け出せません。

    IT化によってDXが見えたとき、必要なのは、すぐに答えを得ることではありません。

    生成AIのフィルターを通す前に、自社の現場、顧客、取引、データ、そして経営者自身の問題意識へ直接アクセスすることです。

    そこから、本当のDX戦略が始まります。

  • (8月3日通信)社員が上司に聞かなければ、今すべきことが分からない会社

    特集【会社の見える化】— 従業員視点

    朝、出社して最初にすることが「今日は何をすればよいですか」と上司に聞くこと。仕事を終えるたびに「次はどれですか」と確認すること。この状態を見ると、社員の主体性が足りないように感じるかもしれません。

    けれども、自分の判断に必要な情報が見えなければ、勝手に進めないことはむしろ責任ある行動です。問題は人ではなく、仕事の現在と次の行動を結び付ける仕組みにあります。

    仕事の一覧だけでは、優先順位は決まらない

    「案件一覧は共有しているから、社員は自分で動けるはずだ」と思っていても、一覧に顧客名と件名しかなければ、次にすることは分かりません。期限、現在の状態、待っている相手、未解決の条件が必要です。

    たとえば三件の注文が並んでいても、一件は顧客の回答待ち、一件は本日中の在庫確保が必要、もう一件は社内承認が終われば発送できます。件名だけを見れば同じ「対応中」でも、取るべき行動はまったく違います。

    その違いを上司の頭の中だけで管理していると、社員は聞かなければ動けません。上司も質問に答えるたびに予定を中断され、忙しくなるほど指示が遅れます。やがて社員は、聞いても返事が来ない仕事を抱えたままになります。

    見えるべきなのは「状態」と「次の一手」

    従業員向けの見える化に、豪華な経営ダッシュボードは必要ありません。自分に関係する仕事について、少なくとも次の項目が分かれば、かなりの判断を自分で行えます。

    • この仕事は今、どの状態にあるか
    • 次に行う作業は何か
    • 誰が行うのか、または誰の返答を待っているのか
    • いつまでに必要か
    • 進められない理由と、判断を求める相手は誰か

    重要なのは、これらを社員が別の報告表へ書き写すのではなく、日々の処理から自然に更新することです。見積もりを送信したら「顧客回答待ち」へ変わり、承認されたら担当者の「本日着手する仕事」に現れる。仕事を進める操作が、そのまま次の人への案内になります。

    すべてを自由判断にする必要はない

    自律して働ける会社とは、社員が何でも自由に決める会社ではありません。決めてよい範囲と、確認すべき条件が明らかな会社です。

    たとえば、値引き率が一定以内なら担当者が進め、それを超えた場合だけ管理者へ承認を求める。納期に余裕があれば通常手順で処理し、遅延の恐れが出たときだけ責任者へ知らせる。この境界が仕組みの中で見えれば、日常の案件は止まらず、例外だけを相談できます。

    反対に「何かあったら相談して」という指示だけでは、何が「何か」に当たるのか分かりません。経験者は過去の空気から推測できますが、新人ほど小さなことまで質問するか、質問せずに危険な判断をすることになります。

    最初は、一つの定型業務を五つ程度の状態に分ける

    まず、毎週繰り返し発生し、質問の多い業務を一つ選びます。受注処理なら「受付」「条件確認」「承認待ち」「手配中」「完了」のように、現場の言葉で五つ程度の状態に分けます。

    各状態について、次へ進むための条件、担当する役割、標準期限、例外時の相談先を一枚に整理してください。そして一週間だけ、実際の案件をその状態に置いてみます。「どこにも当てはまらない」「同じ状態なのに次の行動が二種類ある」という発見があれば、それが自社の業務を理解する材料です。

    最初から完璧な定義を作る必要はありません。自社で小さく作れば、気づいた時点で直せます。社員が掲示板に「この場合は違うのでは」と書き、責任者が認めたら定義を更新する。その繰り返しによって、仕組みが会社の実態に近づきます。

    指示を待つ時間を、仕事を進める時間へ

    社員に聞かれなくてもよい会社を作る目的は、会話をなくすことではありません。単純な状況確認を仕組みに任せ、顧客への工夫や例外への対応など、人が話し合う価値のあることに時間を使うためです。

    社員が画面を開いたとき、自分の仕事だけでなく「なぜ今これをするのか」まで分かる。そこまで見えて初めて、指示待ちは個人の性格ではなく、仕組みで減らせる課題になります。