カテゴリー: システム開発内製化

  • (6月17日通信)安易なDX推進で、経営のコモディ化が加速する

    コモディ化したデジタル推進の末路

    DXという言葉が広がり、多くの企業がSaaS、生成AI、ノーコード、クラウドサービスを導入するようになりました。

    もちろん、これらの道具は便利です。
    うまく使えば、業務効率化、情報共有、営業管理、会計処理、顧客対応を大きく改善できます。

    しかし、ここで一つ大きな落とし穴があります。

    それは、自社の業務構造を理解しないまま、外部サービスの型に業務を合わせ続けることで、経営そのものがコモディ化してしまうという問題です。

    DXとは、本来、自社の強みをより明確にし、業務の流れ、価値の移動、収益構造を可視化し、経営判断の質を高めるためのものです。

    ところが現実には、

    「便利そうだからSaaSを入れる」
    「他社も使っているから同じツールを使う」
    「AIでとりあえず業務を自動化する」
    「既存システムの型に自社の業務を合わせる」

    という進め方が少なくありません。

    この進め方を続けると、何が起きるのでしょうか。

    最初は業務効率化に見えます。
    しかし、次第に営業管理も、顧客管理も、請求管理も、業務フローも、分析軸も、外部サービスが用意した標準的な型に寄っていきます。

    その結果、自社独自の判断基準、利益の出し方、顧客対応の工夫、現場の知恵、会計との接続が薄れていきます。

    つまり、デジタル化したはずなのに、会社の個性が消えていくのです。

    これは「業務の効率化」ではなく、経営の平均化です。
    もっと厳しく言えば、コモディ化したデジタル推進です。

    本当に必要なのは、流行のツールを導入することではありません。

    自社の業務が、どこで価値を生み、どこでコストを発生させ、どのように会計へ接続され、どの情報をもとに経営判断しているのかを、経営者自身が把握することです。

    販売窓口や一般的な事務処理は、外注やSaaSを使ってもよいでしょう。
    しかし、会社の収益性モデルそのもの、業務会計の設計、顧客別採算、原価構造、承認フロー、経営判断に関わる情報基盤まで無自覚に外部の型へ預けるべきではありません。

    システムは、会社の頭脳であり神経系です。
    ここを理解しないままDXを進めれば、会社は便利になる一方で、自社の強みを失っていきます。

    DXで重要なのは、デジタル化することではありません。
    何を自社で握り、何を外部に任せるのかを判断できる会社になることです。

    安易なDXは、経営を強くするどころか、経営をコモディ化させます。

    だからこそ、これからの中小企業に必要なのは、SaaS導入支援でも、AI活用講座でも、単なるシステム外注でもありません。

    必要なのは、自社の業務と会計を理解し、外部サービスや外部専門家を乗りこなすための設計力です。

  • (6月14日通信)DX戦略がない会社は、経営の主導権を失う

    航空会社の予約システムに見る
    「業務システムが支配インフラになる」話

    DXという言葉は、便利なITツールを導入することのように語られがちです。

    しかし、本当に恐ろしいのは、便利なシステムそのものではありません。

    恐ろしいのは、同業他社が作った便利なシステムに依存しているうちに、自社の販売導線、顧客接点、経営情報まで握られてしまうことです。

    その代表的な史実の一つが、航空業界のコンピューター予約システムです。

    American AirlinesとSABRE

    American AirlinesはIBMと共同で、SABREという航空予約システムを開発しました。

    もともとは、自社の航空券予約を効率化するためのシステムです。

    ところがこのシステムは、単なる社内業務システムで終わりませんでした。

    1976年、American AirlinesはSABREを旅行代理店にも使わせるようにしました。旅行代理店はSABREを通じて、直接予約を行えるようになります。

    ここで重要なのは、SABREが単なる予約端末ではなかったことです。

    予約システムを握るということは、旅行代理店がどの航空券を見て、どの航空会社を選び、どの便が売れているのかを把握できるということです。

    つまり、業務システムがそのまま販売導線になり、販売導線がそのまま業界データの入口になるわけです。

    表示順を握る者が、販売を握る

    航空券の予約では、旅行代理店の端末に表示された便の中から、代理店担当者が顧客に提案します。

    そのとき、自社便が上に表示されるならどうなるでしょうか。

    当然、上に表示された便ほど選ばれやすくなります。

    実際、1984年以前、航空会社が所有するCRSは、自社便を有利に表示していたことが問題になりました。GAOの報告では、CRSベンダーが所有航空会社の便を一覧の上位に置き、それによって所有航空会社に追加収益が生まれていたと説明されています。

    要するに、システムの表示順は単なる画面設計ではありません。

    売上を左右する経営装置です。

    「公平に表示しています」と言っても、何を公平とするのかは簡単ではありません。

    直行便を上にするのか。
    出発時刻が近い便を上にするのか。
    所要時間が短い便を上にするのか。
    価格が安い便を上にするのか。
    航空会社名のアルファベット順にするのか。

    このルールを決める側が、販売のルールを決めることになります。

    American Airlinesは略称がAAです。アルファベット順にしても上位に出やすい、という逸話もあります。

    この逸話そのものは慎重に扱う必要がありますが、少なくとも確実に言えるのは、航空予約システムにおいて「表示順」が競争上の大問題になったということです。

    便利なシステムを使っているつもりが、経営情報を渡している

    さらに怖いのは、表示順だけではありません。

    予約システムを使わせる側は、どの便が売れているか、どの地域の需要が強いか、どの代理店が販売力を持っているか、どの航空会社がどの市場で弱いかを見ることができます。

    GAOの資料でも、CRSを所有している航空会社は、予約データにより早くアクセスでき、旅行代理店の予約パターンを把握しやすかったと説明されています。

    これは、現代のSaaSにも通じます。

    同業他社が作った業務システムを使うということは、単に便利なツールを使うことではありません。

    場合によっては、自社の業務データ、販売データ、顧客行動、価格競争力、弱点まで、システム運営者に見られる可能性があるということです。

    規制されても、インフラ化したシステムは残る

    その後、CRSの表示バイアスは規制対象になりました。

    1984年には、航空会社所有のCRSが自社に有利な表示を行うことなどを抑えるためのルールが作られました。

    しかし、ここで重要なのは、規制されたからといって予約システムの重要性が消えたわけではないことです。

    むしろ、いったん業界インフラになったシステムは、他社も使わざるを得ません。

    公平に表示するならするで、システムの開発・維持・接続には費用がかかります。

    その結果、航空会社はGDSやCRSに対して予約手数料を支払う構造になります。

    GAOの2003年の報告でも、GDSは航空会社の便や運賃情報を表示し、旅行代理店が予約・購入するたびに航空会社へ予約手数料を請求していたこと、また航空会社側にはGDSの市場支配力への懸念があったことが説明されています。

    最初は自社の業務効率化システム。
    次に旅行代理店向けの便利な端末。
    そして業界全体の販売インフラ。
    最後には、他社も利用料を払わざるを得ない情報基盤。

    これは、非常に示唆的です。

    DXで後手に回るとは何か

    DXで後手に回るとは、単にITツールの導入が遅れることではありません。

    本質は、業界の情報インフラを他社に握られることです。

    航空業界では、予約システムが販売導線を握りました。

    販売導線を握ると、顧客接点が見えます。

    顧客接点が見えると、需要が見えます。

    需要が見えると、価格戦略、路線戦略、競争相手の弱点まで見えてきます。

    これは、単なるシステム開発の話ではありません。

    経営の主導権の話です。

    中小企業にとっての教訓

    この話は、大企業だけのものではありません。

    中小企業でも同じことが起きます。

    たとえば、農業法人が農薬・肥料・ほ場管理のSaaSを使うとします。

    最初は便利です。

    QRコードを読み取る。
    ほ場を選ぶ。
    農薬や肥料を選ぶ。
    投入量が自動計算される。
    在庫が減る。
    使用記録が残る。
    特別栽培米の表示根拠にも使える。

    これは非常に良い仕組みです。

    しかし、そのシステムを誰が運営しているのかによって意味が変わります。

    運営者は、どの地域で、どの作物が、どの農薬を、どの時期に、どれだけ使っているのかを見ることができます。

    どの農業法人が記録管理できているのか。
    どの法人が特別栽培へ移行できそうなのか。
    どの地域で資材需要が発生するのか。
    どの農産物に高付加価値販売の余地があるのか。

    こうした情報は、資材販売、共同購買、ブランド化、流通、販路開拓に直結します。

    つまり、農薬・肥料の記録アプリも、普及すれば農業流通の情報インフラになり得るのです。

    だからこそ、経営者がシステムを理解する必要がある

    システムを作れるかどうかだけが問題ではありません。

    経営者が、そのシステムによって何が見えるようになり、誰が主導権を持つのかを理解しているかどうかが問題です。

    便利だから使う。
    安いから使う。
    有名だから使う。
    みんなが使っているから使う。

    この判断だけでは危険です。

    そのシステムを使うことで、どのデータが蓄積されるのか。
    そのデータは誰が見るのか。
    そのデータは何に使われるのか。
    将来、自社がそのシステムから抜けられるのか。
    自社の業務ノウハウが外部に吸い上げられていないか。

    ここまで考える必要があります。

    DXとは、業務を便利にすることではありません。

    会社の情報の流れを設計し、経営の主導権を失わないようにすることです。

    まとめ

    航空会社の予約システムの歴史は、現代のDXにとって非常に重要な教訓を残しています。

    業務システムは、最初はただの効率化ツールに見えます。

    しかし、同業者に広がると販売インフラになります。

    販売インフラになると、業界データが集まります。

    業界データが集まると、経営の主導権を握ることができます。

    DXで後手に回るとは、IT導入が遅れることではありません。

    他社が作った便利な仕組みに乗っているうちに、自社の経営情報、販売導線、業界内での立ち位置まで握られてしまうことです。

    だからこそ、中小企業の経営者は、プログラムを書ける必要まではなくても、システムが会社のどこを握るのかを理解しておく必要があります。

    システムは会社の頭脳です。

    その頭脳を誰が設計し、誰が運営し、誰がデータを見るのか。

    DXの本当の勝負は、そこにあります。

    参考文献

    [1] IBM “Sabre”
    [2] GAO, “Computer Reservation Systems: Action Needed to Better Monitor the CRS Industry and Eliminate CRS Biases”
    [3] GAO, “Impact of Changes in the Airline Ticket Distribution Industry”
    [4] GAO, “Airline Deregulation: Barriers to Entry Continue to Limit Competition in Several Key Domestic Markets”
    [5] U.S. Department of Justice, “Justice Department Files Comments in Airline Computer Reservations System Rulemaking”
    [6] Federal Register, “Computer Reservations System (CRS) Regulations”