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  • (6月14日通信)DX戦略がない会社は、経営の主導権を失う

    航空会社の予約システムに見る
    「業務システムが支配インフラになる」話

    DXという言葉は、便利なITツールを導入することのように語られがちです。

    しかし、本当に恐ろしいのは、便利なシステムそのものではありません。

    恐ろしいのは、同業他社が作った便利なシステムに依存しているうちに、自社の販売導線、顧客接点、経営情報まで握られてしまうことです。

    その代表的な史実の一つが、航空業界のコンピューター予約システムです。

    American AirlinesとSABRE

    American AirlinesはIBMと共同で、SABREという航空予約システムを開発しました。

    もともとは、自社の航空券予約を効率化するためのシステムです。

    ところがこのシステムは、単なる社内業務システムで終わりませんでした。

    1976年、American AirlinesはSABREを旅行代理店にも使わせるようにしました。旅行代理店はSABREを通じて、直接予約を行えるようになります。

    ここで重要なのは、SABREが単なる予約端末ではなかったことです。

    予約システムを握るということは、旅行代理店がどの航空券を見て、どの航空会社を選び、どの便が売れているのかを把握できるということです。

    つまり、業務システムがそのまま販売導線になり、販売導線がそのまま業界データの入口になるわけです。

    表示順を握る者が、販売を握る

    航空券の予約では、旅行代理店の端末に表示された便の中から、代理店担当者が顧客に提案します。

    そのとき、自社便が上に表示されるならどうなるでしょうか。

    当然、上に表示された便ほど選ばれやすくなります。

    実際、1984年以前、航空会社が所有するCRSは、自社便を有利に表示していたことが問題になりました。GAOの報告では、CRSベンダーが所有航空会社の便を一覧の上位に置き、それによって所有航空会社に追加収益が生まれていたと説明されています。

    要するに、システムの表示順は単なる画面設計ではありません。

    売上を左右する経営装置です。

    「公平に表示しています」と言っても、何を公平とするのかは簡単ではありません。

    直行便を上にするのか。
    出発時刻が近い便を上にするのか。
    所要時間が短い便を上にするのか。
    価格が安い便を上にするのか。
    航空会社名のアルファベット順にするのか。

    このルールを決める側が、販売のルールを決めることになります。

    American Airlinesは略称がAAです。アルファベット順にしても上位に出やすい、という逸話もあります。

    この逸話そのものは慎重に扱う必要がありますが、少なくとも確実に言えるのは、航空予約システムにおいて「表示順」が競争上の大問題になったということです。

    便利なシステムを使っているつもりが、経営情報を渡している

    さらに怖いのは、表示順だけではありません。

    予約システムを使わせる側は、どの便が売れているか、どの地域の需要が強いか、どの代理店が販売力を持っているか、どの航空会社がどの市場で弱いかを見ることができます。

    GAOの資料でも、CRSを所有している航空会社は、予約データにより早くアクセスでき、旅行代理店の予約パターンを把握しやすかったと説明されています。

    これは、現代のSaaSにも通じます。

    同業他社が作った業務システムを使うということは、単に便利なツールを使うことではありません。

    場合によっては、自社の業務データ、販売データ、顧客行動、価格競争力、弱点まで、システム運営者に見られる可能性があるということです。

    規制されても、インフラ化したシステムは残る

    その後、CRSの表示バイアスは規制対象になりました。

    1984年には、航空会社所有のCRSが自社に有利な表示を行うことなどを抑えるためのルールが作られました。

    しかし、ここで重要なのは、規制されたからといって予約システムの重要性が消えたわけではないことです。

    むしろ、いったん業界インフラになったシステムは、他社も使わざるを得ません。

    公平に表示するならするで、システムの開発・維持・接続には費用がかかります。

    その結果、航空会社はGDSやCRSに対して予約手数料を支払う構造になります。

    GAOの2003年の報告でも、GDSは航空会社の便や運賃情報を表示し、旅行代理店が予約・購入するたびに航空会社へ予約手数料を請求していたこと、また航空会社側にはGDSの市場支配力への懸念があったことが説明されています。

    最初は自社の業務効率化システム。
    次に旅行代理店向けの便利な端末。
    そして業界全体の販売インフラ。
    最後には、他社も利用料を払わざるを得ない情報基盤。

    これは、非常に示唆的です。

    DXで後手に回るとは何か

    DXで後手に回るとは、単にITツールの導入が遅れることではありません。

    本質は、業界の情報インフラを他社に握られることです。

    航空業界では、予約システムが販売導線を握りました。

    販売導線を握ると、顧客接点が見えます。

    顧客接点が見えると、需要が見えます。

    需要が見えると、価格戦略、路線戦略、競争相手の弱点まで見えてきます。

    これは、単なるシステム開発の話ではありません。

    経営の主導権の話です。

    中小企業にとっての教訓

    この話は、大企業だけのものではありません。

    中小企業でも同じことが起きます。

    たとえば、農業法人が農薬・肥料・ほ場管理のSaaSを使うとします。

    最初は便利です。

    QRコードを読み取る。
    ほ場を選ぶ。
    農薬や肥料を選ぶ。
    投入量が自動計算される。
    在庫が減る。
    使用記録が残る。
    特別栽培米の表示根拠にも使える。

    これは非常に良い仕組みです。

    しかし、そのシステムを誰が運営しているのかによって意味が変わります。

    運営者は、どの地域で、どの作物が、どの農薬を、どの時期に、どれだけ使っているのかを見ることができます。

    どの農業法人が記録管理できているのか。
    どの法人が特別栽培へ移行できそうなのか。
    どの地域で資材需要が発生するのか。
    どの農産物に高付加価値販売の余地があるのか。

    こうした情報は、資材販売、共同購買、ブランド化、流通、販路開拓に直結します。

    つまり、農薬・肥料の記録アプリも、普及すれば農業流通の情報インフラになり得るのです。

    だからこそ、経営者がシステムを理解する必要がある

    システムを作れるかどうかだけが問題ではありません。

    経営者が、そのシステムによって何が見えるようになり、誰が主導権を持つのかを理解しているかどうかが問題です。

    便利だから使う。
    安いから使う。
    有名だから使う。
    みんなが使っているから使う。

    この判断だけでは危険です。

    そのシステムを使うことで、どのデータが蓄積されるのか。
    そのデータは誰が見るのか。
    そのデータは何に使われるのか。
    将来、自社がそのシステムから抜けられるのか。
    自社の業務ノウハウが外部に吸い上げられていないか。

    ここまで考える必要があります。

    DXとは、業務を便利にすることではありません。

    会社の情報の流れを設計し、経営の主導権を失わないようにすることです。

    まとめ

    航空会社の予約システムの歴史は、現代のDXにとって非常に重要な教訓を残しています。

    業務システムは、最初はただの効率化ツールに見えます。

    しかし、同業者に広がると販売インフラになります。

    販売インフラになると、業界データが集まります。

    業界データが集まると、経営の主導権を握ることができます。

    DXで後手に回るとは、IT導入が遅れることではありません。

    他社が作った便利な仕組みに乗っているうちに、自社の経営情報、販売導線、業界内での立ち位置まで握られてしまうことです。

    だからこそ、中小企業の経営者は、プログラムを書ける必要まではなくても、システムが会社のどこを握るのかを理解しておく必要があります。

    システムは会社の頭脳です。

    その頭脳を誰が設計し、誰が運営し、誰がデータを見るのか。

    DXの本当の勝負は、そこにあります。

    参考文献

    [1] IBM “Sabre”
    [2] GAO, “Computer Reservation Systems: Action Needed to Better Monitor the CRS Industry and Eliminate CRS Biases”
    [3] GAO, “Impact of Changes in the Airline Ticket Distribution Industry”
    [4] GAO, “Airline Deregulation: Barriers to Entry Continue to Limit Competition in Several Key Domestic Markets”
    [5] U.S. Department of Justice, “Justice Department Files Comments in Airline Computer Reservations System Rulemaking”
    [6] Federal Register, “Computer Reservations System (CRS) Regulations”

  • (6月12日通信)会計とは何か?

    会社の信用を支える記録としての会計

    会計とは何でしょうか。

    多くの人は、会計と聞くと「税金のための処理」「税理士さんに渡す資料」「会計ソフトに入力する作業」を思い浮かべるかもしれません。

    もちろん、それらも会計の大切な役割です。

    しかし、会計の目的は税務処理だけではありません。
    会計とは、会社の中で起きた出来事を、あとから判断できる形で記録する仕組みです。

    商品を仕入れた。
    売上が発生した。
    入金があった。
    給与を支払った。
    設備を購入した。
    借入をした。
    税金を納めた。

    こうした会社の出来事を、数字と言葉で整理し、会社の状態と動きを見えるようにする。
    それが会計の基本的な役割です。

    会計は、立場によって見る目的が変わる

    会計は、見る人の立場によって目的が変わります。

    経営者は、経営判断のために会計を見ます。

    利益は出ているのか。
    資金は足りているのか。
    在庫は増えすぎていないか。
    人件費は適正か。
    新しい設備に投資してよいのか。
    借入を増やしてよいのか。

    投資家は、投資判断のために会計を見ます。

    この会社は成長しているのか。
    利益を生み出す力があるのか。
    将来性はあるのか。
    財務は安定しているのか。

    金融機関は、融資判断のために会計を見ます。

    この会社は返済できるのか。
    資金繰りは安定しているのか。
    利益は継続して出ているのか。
    借入は過大ではないか。

    税務署は、税務処理のために会計を見ます。

    売上は正しく記録されているか。
    経費は適正か。
    税額は正しく計算されているか。

    取引先は、与信判断のために会計を見ることがあります。

    この会社と取引して大丈夫か。
    掛け売りをしてもよいのか。
    長期契約を結んでもよいのか。
    大きな金額の取引を任せてもよいのか。

    同じ会計情報でも、見る人によって関心のある点は違います。

    つまり会計とは、単に会社内部で使う数字ではありません。
    経営者、投資家、金融機関、税務署、取引先など、さまざまな立場の人が会社を判断するための共通言語でもあります。

    会計は、会社を守るためにも使われる

    会計は、経営判断や税務処理のためだけにあるわけではありません。

    会社内部のお金や物が、正しく動いているかを確認するためにも使われます。

    売上が抜けていないか。
    現金が合っているか。
    在庫が帳簿と一致しているか。
    経費が不自然に増えていないか。
    架空請求や横領の兆候がないか。

    この意味で、会計は会社内部の異常を見つける仕組みでもあります。

    会計記録が整っていれば、会社の中で何かおかしな動きがあったときに気づきやすくなります。
    逆に、記録が粗ければ、異常があっても見逃されやすくなります。

    会計とは、会社を管理するためだけでなく、会社を守るための仕組みでもあるのです。

    会計は、未来の計画にも使われる

    会計は過去の記録ですが、過去を見るだけのものではありません。

    来期の売上目標をどうするか。
    人件費はどこまで増やせるか。
    広告費にいくら使えるか。
    設備投資に耐えられるか。
    借入返済は問題ないか。
    資金繰りは安全か。

    こうした未来の計画を立てるためにも、会計情報は使われます。

    予算と実績を比較すれば、経営が予定通り進んでいるのか、どこにズレが出ているのかを確認できます。

    つまり会計とは、過去を記録するだけでなく、未来の判断と計画を支えるものでもあります。

    会計は、価格を決めるためにも使われる

    会計は、商品やサービスの価格を決めるためにも重要です。

    どの商品が利益を出しているのか。
    どのサービスは手間の割に利益が少ないのか。
    材料費や人件費を含めると本当に儲かっているのか。
    売れている商品と、儲かっている商品は一致しているのか。

    売上だけを見ていると、会社は判断を誤ることがあります。

    たくさん売れているように見えても、原価や人件費を含めると利益がほとんど残っていない場合があります。
    逆に、売上規模は小さくても、会社にしっかり利益を残している商品やサービスもあります。

    会計システムが粗いと、会社は「売れているもの」と「儲かっているもの」を取り違えることがあります。

    これは、経営判断にとって非常に大きな問題です。

    会計は、会社を次世代へ渡すためにも必要である

    会計は、事業承継やM&A、企業価値評価にも関わります。

    会社を後継者に引き継ぐ。
    外部から出資を受ける。
    会社を売却する。
    他社と提携する。
    補助金や助成金を申請する。
    許認可や入札に参加する。

    こうした場面でも、会計情報は会社の状態を説明する資料になります。

    会計記録が整っていない会社は、外部から見たときに実態が分かりにくくなります。
    実態が分かりにくい会社は、信用されにくくなります。

    どれだけ良い事業をしていても、数字で説明できなければ、金融機関、取引先、投資家、後継者にとって判断が難しくなります。

    会計を整えることは、会社を次世代へ渡せる形にすることでもあります。

    会計は、経営者の説明責任を支える

    会計は、経営者が自分の判断を説明するためにも使われます。

    なぜ利益が減ったのか。
    なぜ借入が増えたのか。
    なぜ設備投資をしたのか。
    なぜ賞与を増やせないのか。
    なぜこの事業を伸ばすのか。
    なぜこの事業から撤退するのか。

    経営には、判断が必要です。
    そして判断には、説明責任が伴います。

    会計情報があれば、経営判断を感覚論だけでなく、数字と事実に基づいて説明できます。

    会計とは、経営者が会社の状態を説明するための言語でもあります。

    会計ソフトは便利だが、会計そのものではない

    ここで考えたいのが、会計ソフトとの付き合い方です。

    現在は、多くの便利な会計ソフトがあります。
    請求書、経費、銀行口座、クレジットカード、給与、税務申告など、さまざまな機能が用意されています。

    こうした会計ソフトを使うこと自体が悪いわけではありません。
    むしろ、定型的な処理を効率化するためには非常に有効です。

    問題は、会計ソフトに入力しているから会計ができている、と考えてしまうことです。

    会計ソフトは道具です。
    会計そのものではありません。

    会社の中で起きた出来事を、どのような意味で記録するのか。
    その記録を、経営判断、投資判断、融資判断、税務処理、与信判断にどう使うのか。
    内部統制、原価計算、資金繰り、事業承継、説明責任にどうつなげるのか。

    ここを理解しないまま、出来合いの会計ソフトに合わせて会社の出来事を入力しているだけでは、会計の本来の力を十分に活かせません。

    会社の信用を、標準入力だけに預けてよいのか

    会計は、会社の信用を支える記録です。

    金融機関は、その記録を見て融資を判断します。
    取引先は、その記録を通じて会社の安定性を見ます。
    税務署は、その記録をもとに税務処理を確認します。
    投資家や後継者は、その記録から会社の将来性を判断します。
    経営者自身も、その記録を見て次の一手を考えます。

    そう考えると、会計記録は単なる事務作業ではありません。

    会社の信用そのものに関わる情報です。

    もちろん、すべての会社が独自の会計システムを最初から作る必要はありません。
    出来合いの会計ソフトを使いながら、正しく運用する段階もあります。

    しかし、会社が成長し、取引が複雑になり、部門が増え、在庫、原価、資金繰り、与信、内部統制、事業承継まで考えるようになると、単に標準的な入力画面へ合わせるだけでは足りなくなる場面が出てきます。

    本来は、会社の出来事に合わせて会計記録の設計を考えるべきです。
    ところが、会計ソフトの画面に合わせて会社の出来事を押し込んでしまうと、会社が本当に見たい情報が見えにくくなることがあります。

    それは、会社の信用を軽く見ているというより、会計が信用を支えているという事実に気づいていない状態かもしれません。

    会計システムは、会社の頭脳に近い

    会計システムは、単なる入力画面ではありません。

    会社の出来事をどのように記録し、どのように集計し、どのように判断材料として使える形にするか。
    それを支える仕組みです。

    だからこそ、会計システムは会社の頭脳に近い存在だと言えます。

    会社の頭脳を、完全に外部任せにしてよいのでしょうか。
    会社の信用を支える記録を、標準機能に合わせるだけでよいのでしょうか。
    経営者自身が、自社の会計情報が何のために記録され、誰にどう見られるのかを理解しなくてよいのでしょうか。

    これは、単なるシステム選定の問題ではありません。

    会社が自分自身をどう理解し、どう説明し、どう信用を積み上げていくかという問題です。

    専門家を活用しながら、自社の会計を理解する

    会計や税務には専門知識が必要です。
    システム開発にも専門知識が必要です。
    データベース、セキュリティ、インフラ、画面設計にも専門家の力が必要です。

    だから、専門家を活用することは重要です。

    しかし、専門家に任せることと、会社自身が理解しないことは違います。

    税理士に相談する。
    システム開発者に依頼する。
    外部サービスを利用する。
    会計ソフトを使う。

    これらはすべて有効な手段です。

    ただし、その前提として、会社自身が「何を記録したいのか」「何を判断したいのか」「誰に説明したいのか」を理解している必要があります。

    会計とは、税金のためだけに記録するものではありません。

    経営判断のため。
    投資判断のため。
    融資判断のため。
    税務処理のため。
    与信判断のため。
    内部統制のため。
    予算管理のため。
    原価計算と価格決定のため。
    資金繰り管理のため。
    事業承継や企業価値評価のため。
    補助金、助成金、許認可、入札のため。
    そして、経営者が説明責任を果たし、会社の信用を積み上げるため。

    会計は、会社の信用を支える記録です。

    その記録をどう設計し、どう使い、どう説明できるようにするか。
    これからの中小企業には、そこまで含めて会計システムを考える力が求められるのではないでしょうか。

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